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mokona

losstime memory
 

「ここは、どこだ?」
目の前には空が広がっていた。雲ひとつない青空だ。地面に触れる後頭部に草の感触。俺はどうやら寝かされている状態らしい。声は出る。手も動く。足も動く。しっぽも……問題なし。
確か、ある星の危険生物の討伐任務を遂行していたところだったはず。ガーディアンズ総出で危険生物と戦い、その危険生物が生み出した極色彩に縁取られた先の見えない穴ーー小さな空間の歪みに、逆らえない力で引きずり込まれて、それから……。
「……嫌な予感がしてきたな」
誰にともなく呟く。皆の無事も確認しなければならない。立ち上がろうとしたところで、頭の上に影が降ってきた。
「アライグマがしゃべってる!」
「あ"?」
条件反射で威圧的な声を出してしまったのを少し反省した。俺の顔を上から覗き込むようにしてきたのは、年端もいかない少年だった。
金髪に青い瞳。黒いリュックサックを背負ってこちらを見下ろしていた。俺のような存在がしゃべることに対して、驚いているというより興味津々なようだ。
なぜかこの少年に見覚えというか、懐かしさのようなものを覚えたが、心当たりは見つからなかったので深くは考えないことにした。
「もしかして、怪我とかしてる?」
「……いや」
ぼんやりとした頭で適当に返事をして体を起こす。辺りを見回すと一面に草原が広がっていた。少し離れた場所にあまり大きくはな古めの建築物。文明は……それほど栄えていない星?
――待て、このガキは俺のことをアライグマだと言わなかったか。アライグマという言葉が存在するということは、この星は……。
「おいガキ、ここはどこだ?」
「ここ? 病院の裏にある原っぱだよ」
「そうじゃねえ。なんて星だ?」
「星って……地球、だけど」
「やっぱりか!」
ここは地球(テラ)だ。俺のことをアライグマだと認識するのはだいたいテラ人だ。どうやら俺は、危険生物の生み出した空間の歪みを通り、テラに転送されてしまったようだ。
辺りを見回しても、グルートやアダムなど一緒に任務にあたっていた他のメンバーの姿は無い。俺だけが飛ばされたのだろうか。そうならばいいが。
とにかく無事なことを伝えようと通信機を起動させる。しかしノイズが走り、少し待ってもガーディアンズの誰にも繋がる気配は無い。この場所がテラであるならば、通信機の電波範囲内であるはずなのだが……どういうことだ?
建造物を見るにこの星の文明はあまり発達していないようだが、他の星と通信できるような機材やその材料を探して何とかするしかない。俺の通信機が繋がらないということは、仲間たちが俺を探すこともきっと不可能だ。
「ねえ! 君、なんなの? 宇宙人?」
黙りこくって考えをめぐらせていた俺を見て痺れを切らしたのか、ガキが俺の隣に座り込んだ。今いるこの場所がテラのどの地域であるかくらいの情報は得ておこうと会話を試みる。
「俺のことはいい。ガキ、名前は」
「ピーター。ピーター・ジェイソン・クイル」
聞きなれた名前に、思わず一瞬息が詰まるーーと同時に、脳みそはいやに冷静に、今起きている事象を分析していた。
「………………そういうことか」
クソ科学者によって不本意にかしこくされてしまった俺の頭脳はあっさりと答えを導き出した。
なぜガーディアンズの仲間たちに通信機が繋がらなかったのか。簡単なことだ、"時"が違う。
不意に感じた懐かしさに納得がいく。この少年は幼い頃のクイル本人、だ。
「ガキ……じゃねえな。クイル。今は何年だ?」
「1988年だよ」
さすがに時を超える技術はこの星にはない。待て、まだ存命中のトニー・スタークの頭脳を借りればあるいは……いや、クイルがこのような子供であるならば、スタークも大人とはいえない年齢のはずだ。そもそも、見知らぬ改造アライグマの話などまともに取り合ってくれないだろう。
「…………」
思ったよりも酷い状況に軽い頭痛がして、目頭を抑えた。
「大丈夫? 僕に何かできることある?」
そう言って俺の顔を心配そうに覗き込む。その表情が、大人になったこいつの顔と妙に重なった。
「あ、そうだ」
ガキ――クイルは背中からリュックサックを下ろして中をごそごそと探ると、見覚えのあるものを取り出した。
「これ、使ってみる?」
かつてクイルが愛用していた、ウォークマンだ。俺が知っているそれはかなり使い古されていたが、このガキが持っているものはまだ使用感が少なく見える。そりゃそうか。
「音楽を聴くと落ち着くし……元気になるかも」
つけてみて、とクイルは俺にヘッドホンを差し出してきた。言われるがままにヘッドホンを受け取る。
期待するような瞳がこちらを見ている。その目と視線が合い、思わず。
「変わらねえな」
ぽつりと、呟いてしまった。
「何が?」
「……なんでもねえよ」
そう言いながら、持たされたヘッドホンをきょとんとしているクイルに返した。
「それ、お前の大事なモンだろ」
「え! なんで分かったの?」
なんとなくだと曖昧に返すと、クイルは少し納得のいかなそうな顔をしつつもヘッドホンを自身の首にかけた。少年のその横顔が、よく知っている寂しがりな青年の横顔にそっくりで。すぐにその場を去る気になれなかった。ので、幼いクイルに話を振ってやる。
「お前はここで何してる」
「叔父さんを待ってる」
クイルは呟く。
「病院には、お母さんがいるんだ。体が悪くてずっと入院してる」
向こうにある建築物――病院を見て話を続ける。
「叔父さんはまだ病院でやることがあるって言って……僕は暇になっちゃったから、ここで散歩してた」
「そうか」
隣にいる幼いクイルが、膝を抱えてその体をもっと小さくした。俯いて、すん、と鼻をすする音が聞こえた。
こいつの母親はきっともうすぐ死んでしまうのだろう。クイルが母親についてたびたび話していたのを思い出す。あいつはよく自分の昔話をしていた。母親が入院していて寂しかった、父親がいなくて寂しかった、そんなことを何度も聞いた気がする。
今思えば……というか、今こうして目の当たりにしてようやく分かった。子供の頃のこいつは、本当に一人ぼっちで、心細くて、寂しかったのだろう。だから、大人になってもふとした時にこの時の寂しさを思い出して、会話としてこぼれ落ちてしまっていたのだ。
……その寂しさは、俺にも分かる。
かといって、今のこいつに対して、俺が何か出来るわけでもない。本格的に泣き出しそうになっていたので、なだめすかすように腕をぽんぽんと撫でてやる。クイルが顔を上げて俺の方をじいと見た。
「友達になってよ」
ぼそりと言うその声は、どこか縋るようだった。だが、それに応えてやることはできない。
「悪いな。俺にはやることがあるし帰るところがある」
けど、と続ける。
「いつかは、なってやる。すぐにとはいかねえが」
クイルは目元を袖で拭いながらきょとんとした。
「どういうこと?」
少し先の、こいつはまだ知らない、俺だけが知ってる、未来の話だ。
「そのうち分かる」
俺の言葉に納得したのかしてないのか、とにかくクイルは泣きやんだ。途端、ゔぉん、という音と共に、空間の歪みが現れた。極色彩の、先の見えない穴。見覚えがある。ついさっき、元の時間・元の時空から移動してくる瞬間に見たのと同じものだ。
「なに、これ……!?」
「おそらくだが、俺はこれを通ってここにきた」
歪みの向こうから、微かにだが自分を呼ぶ声が聞こえてくる。きっと、ここを通ればあいつらのところに戻れると、確信はないがそう思った。立ち上がり、歪みの穴に向き合う。
「どうやらここまでらしい。じゃあな、クイル」
言うと、クイルもおっかなびっくりしつつも立ち上がる。俺を引き留めようとしたのであろう持ち上げた手を、すぐに引っ込めた。
「また会える!?」
叫ぶように問う。その声に思わず振り返り、寂しがりの孤独な少年に応えた。
「ああ。宇宙で待ってるぜ、スターロード」
去り際、その名を知っていることに対して不思議そうにするガキの――クイルの顔が見えたが、返事が聞こえる前に空間の歪みへ足を踏み入れた。
返事は聞かなくとも、未来のこいつとのことは、誰よりも俺が分かっている。

「船長!」「アイアムグルート!」「カピタン!」
わっと仲間たちが俺を取り囲むようにする。誰も欠けてはいないようだ、良かった。
「おう、お前ら無事か」
グルートやアダム、ファイラからのハグに体を押しつぶされつつ視線を遠くにやると、危険生物は地面に倒れ、ぴくりとも動かない状態だった。どうやら俺が時間旅行をしている間に倒すことが出来たらしい。
「こっちのセリフだよ、船長」
クラグリンがほっとした様子で胸を撫で下ろしつつ言う。
「なんとか倒したみてえだな」
「アイアムグルート」
「ああ、グルートと俺でトドメをさした」
グルートとアダムが自慢げにした。その横でファイラもふふんと鼻を鳴らす。
「私も手助けしたよ!」
「へえ。やるじゃねえか」
褒めるようにその頭を撫でてやる。コスモもこちらに近付いてきて、ぺろりと俺の頬を舐めた。
「カピタン、どこ行ってたの?」
「……寂しがりやのガキをなぐさめてた」
「???」

「……で、船長。実際はどこに?」
「テラ。しかもかなり前の時間の。ガキの頃のクイルに会った」
「ああ、なるほど。……昔と変わらないでしょ、あいつ」
「まったくだぜ」

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